
心游舎
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海と蛤と私たち
貝合わせ貝覆いとも藤
佐藤朋子
こんにちは。私は蛤の貝殻を扱う仕事をしています。蛤の貝殻を仕入れて、表面にへばりついている殻皮という皮を剥がし、身と蓋をつなげている蝶番を外して、一つ一つサイズを計り、表面の色や柄別に木箱に仕舞います。棚には何千個も蛤の貝殻がありますよ。
蛤の貝殻を買う人は絵画教室や書道教室などの先生や生徒の方、美術館や博物館の方もいます。皆さん「貝合わせ」という工芸品を創る為に買われるのです。
もともと「貝合わせ」とは平安時代に貴族のお姫様達が遊ばれていた遊戯(あそび)です。古い時代には海で拾った貝殻を「洲浜」という磯や浜辺をかたどった物の上に置いて、海の景色をミニチュアで造り、その造った物に合わせた和歌を詠み合って遊んでおられました。平安時代の終わり頃から江戸時代までは蛤の貝殻を円形に並べて遊ぶ「貝覆い」という遊びもありました。長い年月の中でこの「貝覆い」という遊びともともとあった「貝合わせ」の名前が混ざって、今では「貝覆い」の遊びのことを「貝合わせ」と言っています。
さて、蛤についてご紹介しましょう。蛤はあさりなどと同じ二枚貝。鉄分や亜鉛が豊富ですので貧血予防に効くと言われています。形はおにぎりに似た三角形。内側には人間の歯と同じように歯があります。この歯の部分はとても複雑に噛み合っているので、他の蛤の貝殻とは噛み合いません。このことから「縁結び」「良縁」「夫婦円満」といった縁起物として「貝合わせ」をお嫁入りに持って行くようになりました。「貝合わせ」は「貝桶」という六角形や八角形の形をした桶に入れて婚礼の日には大切に扱われました。
残念なことに今では様々な理由から蛤の漁獲が減っています。縄文時代の貝塚からは多くの蛤が出土しており、古事記にも登場する蛤。海と蛤と私たち日本人の間に育まれた長い歴史が、どうぞこれからもずっと続いていきますように。